昔話 三の巻

スポーツ自転車に乗り始めたのは 16歳 高校1年
兄のお古(といっても 綺麗なまま 輪行袋に入っていた アルプス・クイックエース)をもらったことから始まった。 (新しいもの好きの2番目の兄は ちょっと飽き性だった。 このあと エアライフルをやっていた。 自転車は体力的にしんどかったようだ)
お陰で 最初の一台から アルプス というツーリング車に乗れることになったのだから感謝しかない。
乗り始めたころはまだ チビだったので サドルを一番下げた状態でしか 脚が届かない状態で、 1年後にやっと 現在の身長ちかくなり まともに乗れるようになりました。(今でも大きくないですが) (この自転車 未だに 現役で乗っていますし・・・) 

東海道五十三次を走りたい!
高校2年生の夏休みに 一人 東京へ輪行して出かけました。
東京駅の片隅で組立てて 日本橋の銘板のまえに立って 「ここが 東海道五十三次の出発地か~」と 感慨にふけっていたら 警官が寄ってきて 「こら~ ここは自転車通行禁止!」って 怒られた。 
しかたなく 自転車を押して旅にでた。
東京を出て 初っ端から 道に迷った。 西に向かっているはずが いつの間にか 東京へ戻る道へはいっていたりで前途多難って感じでした・・・

東海道を旅の1番に選んだのは 家に飾ってあった 永谷園のおまけの 東海道五十三次カード がきっかけでしょうか。 毎日眺めていたので・・・自分の脚で 旧東海道を走って こんな景色を拝んでみたいと・・・
ちょうど歴史に興味を持ち始めたのも このころで 司馬遼太郎や新田次郎の歴史小説を読むようになって ますます 旧道に関心を持つようになりました。

行ってみると 当たり前ですが 昔の風情も面影も 有った物ではありません。
ほぼ国道1号線を 時々脇道で旧道を 通り ひたすら 京都三条大橋を目指します。
箱根の峠を越えて なんとか 一安心した記憶があります。
泊まりは 橋の下(富士川)で一夜を明かしたり YH(小夜の中山)泊まったり テント泊しました。 

東京~京都間 約500キロ 初の遠出・泊まりサイクリング 
一日に走る距離は大したことはなく 100キロほどで計画したので 
4泊5日で京都にたどり着きました。
京都から 大阪の家まで さらにあと30キロ 
(走り切った感がある後なので・・・気力がどうしてもなくなって さらに・・・) 
途中 お腹を壊して 喫茶店でトイレを借りた記憶があります。
フラフラで 家にたどり着いたのですが 親には そんな姿見せられないので 虚栄を張って 元気いっぱいに 「ただいま」を言ったのでした。

当時の国道1号 大型トラックにトレーラーが大量に走っていて ほんとに怖かったです。
あと 走っていると 並走して応援してくれるサイクリストがいたり、休憩していると お茶やお菓子をだして世話を焼いてくれる人がいたりで 
旅にでて 人の情けにふれて感動するという経験 をしてしまいました。 
これを経験すると やめられなくなるという奴です。 
しんどいだけで終わっていたら 今頃自転車には乗っていなかったのかもしれませんね~ 


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